感動するということ。
月に10冊から30冊ぐらいのマンガ本*1を買って読む。
半年ぐらい経ったら、本棚から必要ない本を抜いて、古本屋に売る。
こういう生活を浪人時代からしてきたから、
おそらく今年で17年間そういうことをしてきたことになる。
読むものは出来る限りノージャンル。少年マンガ、少女マンガ、ホラー、ギャグ、シリアス、エロ、やおい、ホモ、ボーイズラブ、アメコミ等読める範囲で分け隔てなく読んできた。
理由は簡単で、読むのを止めたジャンルはその時点から、恐らくは一生読まなくなるから。
人間は一度興味を失うとどんどんとそのジャンルを読まなくなり、下手をすると埋もれていた名作とかを読まないで一生過ごすかも知れない。
「この新作は面白い!」「これはみんな面白いと言っている。」こういう評判を聞いたり、本屋で気になるマンガを見つけると、半ば強迫観念にとりつかれたように買って、読む。
気がつけば、もう35歳だ。
しかし、それでも世界は残酷なもので、「本当の感動」というものは滅多に訪れない。
読むマンガ、読むマンガ、どれも「面白い」と思いながらも、どこかでやはり冷めている。
考えなくても判るが、雑誌とかを含めて概算で読んでるマンガの作品数を月に100本としてみよう。*2
一年で1200本。これを17年。
1200×17=20400本。*3
単純にいってこれだけのものを読んでしまうと、何を読んでもある程度以上は感動しないのだ、良し悪しはともかくとして。
ただ、こんな俺でも何年かに一度は、「本当の感動」を得ることがある。
一度目はこれだった。
Frank Miller's Sin City Volume 1: The Hard Goodbye 3rd Edition
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この二つは俺の乾いた心に「本当の感動」を与えてくれたが、サンドマンの翻訳は20世紀にストップしてしまい、それ以来俺の心はずっと乾いたままだった。
それ以後も、もちろんマンガは買っている。この世界で誰かが力を注いで書かれたマンガに無意味なものなど一つもない。
問題は俺なのだ。何を読んでも「面白い!」と思っても、心の奥は既に凍りついており、
「あきらめろ、お前が昔マンガで得た感動はもう二度と得られない。読みすぎたんだ、踏み込みすぎたんだ、おまえは。そこそこに付き合って読んでいけば、「それなり」の面白さは得られるさ、それでいいじゃないか。」
と冷笑するもう一人の俺がいるのだ。
サンドマンが読めなくなってから、2〜3年はそいつに唾を吐きかけて生きてきた。
しかし、それも昔の話。
最早、最近では新刊を買うたびにもう一人の俺が「そこそこ面白そうじゃないか。」と囁くと、
「そうだよな。そこそこでも面白ければいいよな。」と呟いて、もう一人の俺と肩を組んでレジに新刊を持って行くのが日常だった。
倦怠と退廃というぬるま湯に浸かり、その暖かさから抜け出せない。しかも心は乾ききっている。これが昨日までの俺だった。
今日、「本当の感動」が訪れた。
表紙の人物と視線が合った時から予感はしてた。
レジで買ってからいてもたってもいられず、家に帰るまでの時間がもったいないと傍の喫茶店に駆け込み、ブレンドを一つ頼むと、興奮を抑える為に煙草に火をつけて一吸いしてから読み始めた。
A4変形の表紙を開いたときから完璧だった。
絵は美しく、なおかつその美しさの全てが一枚の独立した絵としてでは無く、「マンガ」を成立するために捧げられた供物だった。
コマに書かれた台詞はこの物語を称え、完成させる為の賛美歌であり、それは心の奥に響き、冷笑を浮かべてたもう一人の俺はうめいて苦しみだした。
描かれた人物たちは48ページという短いページ数の中で人生を生きており、脇役の生き様さえも、感動して涙腺を緩ませた。
読むたびに頭は冴え渡っていき、感動は荒波となって胸の内から湧き上がり、凍えて乾ききった俺の心を洗い流して潤した。7年ぶりに心に染みた感動という名の水だった。
左手と右手はただページをめくる機械となり、両目はこの作品を視るためにあったと確信し、自分が生きている人間だということも忘れる程没入した。
読み終えた時、心の中にいたもう一人の俺は、感動の荒波に飲まれて溺れ死んだ。
テーブルの上にある灰皿の中で誰にも吸われずに燃え尽きてフィルターまで焦げた煙草がもう一人の俺を弔う線香。
一度も飲まずに冷め切って水のようになったコーヒーは氷のようなもう一人の俺が溶けて死んだ証だった。
明らかに名作だが、このマンガがどれだけ人々に読まれるだろうか?
何せ48ページで「¥1700+税」なのだ。
俺は知っている。
この世界は¥1000以下のコミックスを貪るように読んで評論を気取って語るバカはいくらでもいるが、
そういう連中は48ページのマンガがこの値段だと知ったとたんしり込みする。
かつてはそういう連中に憤りを覚えていたが、今はただ哀しい。
彼らはこの作品を知らず、俺の胸の内を満たしたような水を永遠に味あわずに生きていくのだ。
今はただ読んで欲しい、この作品を。
俺は感動にまだ震えている。八月にはこのマンガの続編がでるからだ。
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